シンちゃんの危篤状態が長くなってきました。動物病院に日参するようになって今日で8日目です。
義母のところには夫が行ってくれているし、実家の母も週末には弟が顔を出してくれていたし、二人の母親たちの健康状態は良いとは言えないにしても急を要する何かがある訳ではないのですが。
認知症の義母は私が顔を出さない事に何の反応も示してはいないらしいです。夫が行った時に「うちのみんなは変わりない?」と聞かれたのでシンちゃんの事を話したそうです。
義母は「それは大変ねぇ。それじゃ私が新しい子犬を買ってあげるわ」なんて言ったのだとか。
夫が「これからは犬はもう飼わないよ」と言ったら
義母は「それじゃ、鶏が良いわよ。卵を産むし」と言ったのだとか。
思わず笑ってしまった義母の反応でした。
実家の母の方は私が「たかが犬」の事で大騒ぎをしている事が信じられないらしい。電話での言葉のはしはしに母の不満が伝わってくるのは、私の被害妄想だけじゃないような気がしています。
「シンちゃんは私しか頼る人がいないの。私も今しかないから、しっかりつきあってあげたいし。我が儘許して」なんて説明するのだけれど、次の電話の時にはまた同じ事を言わされます。そして必ず会話の終わりに「もう生き物を飼うのはやめなさいよ」と釘を刺します。
私自身がもう自分の年齢を考えると、そう納得しているのに、母にしつこく言われるとだんだんむかっ腹が立ってきます。今朝は「もう分かっている事を何度も同じ事言わないで!」と母に言い返してしまいました。私が行かないので心細かったり寂しがっている母のことを思って、後悔もしました。疲れてくると言わなくても良い事も口にブレーキがかからなくて困ります。
今朝まで苦しそうに泣き叫んでいたシンちゃんは、動物病院の先生に多めに打って貰った痛み止めが効いて、寝ている姿勢を変えてやっても、口を湿らせてやっても無反応。規則的な呼吸音だけがシンちゃんの生存証明のような今日です。

親子だから無神経になってしまう部分ってあるのではないでしょうか?
それが傷つける結果にも・・・
私も娘には結構無神経に傷つける言葉を吐いてしまいます。
後悔することもしょっちゅうです。
逆に母親と話すときは、その無神経さにムカムカします(^^;
路子さん、もう犬は飼わないんですか?
「まっこい」を亡くしたとき、あまりの悲しみに「もう絶対に犬は飼うまい」と話合いました。半年しか持たなかったけれど、その間、ペットショップばかり覗いていました。
まっこいを亡くした悲しみはジャンが救ってくれました。
ペットってどんなすごい存在なのでしょう。
しんちゃんの苦しみが少しでも和らぎますように・・・
路子さんの心も安らかになりますように・・・
遠い空から(あまり遠くもないか)祈ります。
身内ならではの遠慮のなさに加えて、最近の母はちょっと衰え気味ということもあるので、私の方は譲歩すべきなんだろうと思っています。いつもはそう思うのですけど、昨日はシンちゃんの介護疲れがピークだったんですね。なんてここで言い訳しても仕方がないのですけど。そんな事を書いているうちに母から電話がありました。シンちゃんのお悔やみを言ってくれましたし、母娘の会話はおだやかでした。
>路子さん、もう犬は飼わないんですか?
ずっと前から「シンちゃんは私が飼う最後の犬」と心に決めていました。千絵さんはお若い家族が側にいてくれるからまだしも、私は一緒に居る家族の中では最年少です。私自身の15年後、20年後に自信が持てなかったら、飼ってはいけないでしょう。「看取れる幸せ」は飼い主としての義務のような気もしています。
千絵さんはジャン君との幸せな日々を長く楽しんで下さい。